「ズル」は大人への階段

ニートぽ~たる(2ND)を運営していたメンバーの1人、ラマさんが新しい個人ブログを始めた。
ニートワークエンジニア
文章からも高性能ニートの匂いがプンプンするので、一度読んでみては?

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正攻法とズル

さて、そんなラマさんのブログで現実逃避の神という記事があった。
ラマさんが努力せず、人よりも少ない労力や時間で「ズル」することばかり考えてしまうということに葛藤している記事だ。

一方の私はというと、「ズル」が全くと言っていいほどできない
幼いころに「ズルしないで、ちゃんと努力しなさい」と言われたことを未だに忠実に守っている。
それらの片鱗は失敗から学ぶシリーズなどを読めばわかるはずだ。

ラマさんの例えを拝借すると、ゲーム。
ラマさんは人より優位に立てるように裏技やチートを使うと言っているが、私は裏技・チートはおろか、攻略本や攻略サイトすら最初は見なかったりする
当然、対人要素のあるゲームではボロカスにやられる。

「ズルをしてはいけません」という言葉は、多くの人が幼い頃に言われてきたことだろう。
しかし、実際にそれを守っている大人は非常に少ないと思う。
人のレポート丸写しなんてことは日常茶飯事だし、人の努力の成果を横取りして良いところだけ持っていくなんて光景もよくみられる。

私は、完全にこういう人達のカモであった。
カモにされながら、「こんなズルい奴にはなってはいけない」と、ずっと心に誓い過ごしてきた。
勘違いされるかもしれないが、別にズルする人を悪いと思っている訳ではない。
ただ、私がなりたくないというだけだった。

しかし、転機は訪れた。
私が病気になった時、周りの人は口々にこう言ったのだ。

「もう少し楽をしたら?」、と

そうなのだ。
幼い頃に言われた「ズルしないで、ちゃんと努力しなさい」というのは真っ赤な嘘だった。
言葉のニュアンスは違えど、その根底には大人になると少しくらいズルしても許される一面があるのだ。

正攻法で全ての壁を突破できる人がいるが、そんなのはごく稀な優秀な人。
私のような凡人はズルを覚えるしか生き残る道はないのだ。
ある意味、「ズル」を覚えることが大人になるということなのかもしれない。

しかし、その後も私は積極的にズルすることができないでいる。
性格はなかなか変わらないものだ。

そんな大人になれていない未熟な私と、小さい頃から早熟に「ズル」を覚えたラマさんが、現在同じニートをしているというのは、皮肉なものである。

※2月21日 ちょっとだけ加筆。