労働の意味を考えていたら、自分が欠陥人間だと気づいた件

ラマさんの記事「働く意味がちょっとわかってきた。働いてないけど」(ニートワークエンジニア)を読んで色々考えさせられた。
そこで私も働くことについて少し考えてみた。

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超俯瞰視点で考えた場合の働く意味

私はこういうことを考える時、俯瞰で考えてしまう癖がある。
実際に現場で汗水たらして働いている人にとって、若干カチンとくる表現もあるかもしれないが、全く悪気はなく、あくまで私個人の考え方ということで許していただきたい

私が辿りついた働くことの意味は、突き詰めれば、暇つぶし承認欲求のためである。
お金のためとか、自己実現のためとか巷で言われる働く意味は全てこの2つに集約することができると思うのだ。

暇が我慢ならない?

まず、最も重要な要素が暇つぶしである。

昔、高報酬で生活に必要な全ての条件を整えた上で、全ての感覚をシャットアウトし、ずっと寝て過ごす、という実験が行われたことがある。
有名な感覚遮断実験である。
結果は僅か2日ほどでほとんどの被験者がリタイア。
幻視や幻聴を経験したりなど精神に異常をきたす人も続出した。
現在ではこの実験は非人道的として禁止されている。

この実験から分かるように、人間はとにかく暇なことが我慢できない生き物なのである。
そのため、無意識的に人は何かやれることを探す。
原始の時代には働かなくてはその日食べていけないという事情もあったと思うが、現在の日本では毎日国民全員が働くなくては生活できないような状況ではない。
それにも関わらず、ほとんどの人が毎日会社に勤め働いているのは、週5日6日の暇を手軽に潰せる手段という側面が大きいように思う。
更に、日本人は世界的に見ても暇を嫌う人種である。
夜遅くまで嬉々として残業し、折角の休日に旅行に行っても予定を詰め込み、少しでも時間が空くと携帯をいじる。
日本人はよく働くと言われるが、それは暇が我慢ならない人種ゆえとも言えるだろう。

お金が欲しい・自己実現は承認欲求の表れ

労働の対価として支払われる給料。
本来であれば、労働は暇つぶしなのだから、生活に必要最小限の給料があれば良いはずである。

しかし、人間には承認欲求というややこしい欲望がある。
承認欲求とは、「人に認められたい」という欲望である。
それを叶えるためには人よりも多くの給料や高い地位を得るのが手っ取り早く、多くの承認が得られる方法である。
そのため、「沢山給料がもらえる職場で働きたい」「ブランド力のある企業で働きたい」「かっこいい生き方(=自己実現)ができる働き方がしたい」と思うのである。

この承認欲求に関しては、近年価値観の多様化により、単純に「お金を多く持っている」「一流企業に勤めている」という昔ながらの価値観以外のものも増えてきており、人によっては「お金がなくてもプライベートを大切にする」という形で承認を得ようとする人も増えてきている(それでも昔ながらの価値観は未だに強固だが)。

ということで、これら2つの欲求を満たすのが私の考える「働く意味」である。

私の欠陥性

ここまで考えたところで、ふと思ってしまった。

私、働く必要無いんじゃね?

私は日本人にしては暇が苦にならない体質であるし、そもそも1人でも充分に暇が潰せる。
やりたいことがいっぱいあって働いている時間がもったいないとか思ってしまう。

承認欲求はある。
あるのだが、私には尊敬できる人(=ロールモデル)というのが存在しない。
厳密に言えば、世の中の人はみんな大抵尊敬できてしまうのだ。
しかし、特別に「この人を目指そう」というのが存在しない。
どこを目指して承認を得られるようにするのかが定かでないのだ。
現在考えている「一人で稼ぎたい」という願望も誰かを目指している訳でなく、完全にオリジナルな承認欲求であるため、あっちへフラフラこっちへフラフラしてしまうのである。

えーっと・・・、これはどうしたらいいんだろう?
まぁせめて食べていけるようにはなっておきたいところだなぁ。

コメント

  1. 匿名 より:

    バカ

  2. 匿名 より:

    頑張れ

  3. ニト より:

    匿名さん
    スパムかと思いましたが、2つ目の頑張れに優しさを感じましたw
    頑張ります。

  4. tarochin より:

    ご無沙汰しています。

    労働の意味ですか・・・。今回の記事で労働する意味が暇潰しと承認欲求のためであるという内容を読んで、なるほどと思うと同時に、同意できるなあと感じました。
    特に承認欲求に関しては納得できるところがたくさんあって、やはり人間というのは生き甲斐とかがないと生きていけない動物ですものね・・・。

    >現在の日本では毎日国民全員が働くなくては生活できないような状況ではない。

    ネットなどでよく言われていますね。確かにあれだけ豊かになっていれば国民全員が働かなくとも国は存続できますし、実際国民の人口の半分未満でも十分だとも聞いたことがあります。そう考えたら「働かざる者食うべからず」という言葉は時代錯誤の言葉ではないかという気がします。

    長文失礼いたしました。

  5. ニト より:

    tarochinさん
    お久しぶりです。
    結構偏屈的な考え方なので、同意してくださる方がいて安心しました。

    >「働かざる者食うべからず」という言葉は時代錯誤の言葉ではないかという気がします。

    暇つぶし方法の増加、承認欲求の価値観の多様化がニートやフリーターの増加の一因となっている部分もあるのかもしれませんね。
    今後更に仕事がロボット化などで減っていくと考えられますし、そうなれば労働は「高尚な趣味」の1つになって働きたい人だけが働くというような時代がくるのかもしれません。

  6. 情熱自由人 より:

    ニトさん、こういう記事は僕がいっつも書いているので好きですよ。笑

    てか、ニトさんみたいに感じる人も多いんじゃないでしょうか?

    その内、人間頭ばっかりでかくなって図体を動かさなくなり、しまいには宇宙人(イメージの)みたいな感じになる可能性もあるくらいですから、溢れてしまった物の豊かさに、どこか自分の情熱がぶつける場所がなくなっている人も大勢いるのではないでしょうか?

    僕はニトさんみたいに働きに関して疑問を感じながらも自分で何か考えて始めている人は好きですね。(ネットの隅の居酒屋さんとか・・・)

    自分なりの意見で生きていきましょう!

  7. ニト より:

    情熱自由人さん
    いつも拝見させてもらってます。
    ついこの間の記事はかなり考え方が似てるなぁと思いました。
    結論は正反対ですがw

    情熱さんの考えておられるように、時代の変革期はそこまで迫ってきているような気がします。
    その後、どういった世界が訪れるのかは分かりませんが、新しい時代にすぐに対応できるように頭を柔らかくしておきたいとこですね。