「おもしろき こともなき世を おもしろく」の続きを考えてみる

遂に第10回目となったこのコーナー。

先月のこのコーナーでは坂本龍馬の名言を扱ったが、今回も同じ幕末の志士の1人である高杉晋作の名言(というか句)を取り上げてみたい。

今回取り上げるのは「おもしろき こともなき世を おもしろく」という言葉である。

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高杉晋作とはどんな人?

高杉晋作って名前を知っている人は多いと思うが、何をした人なのかは知らない人も多いのではないだろうか?

そこでまずこの人のしたことをごくごく簡単に説明してみたい。

高杉晋作は幕末期の長州藩の人物。

吉田松陰の元で学び、松下村塾の四天王の1人と言われていた。

彼のしたことを列挙してみると

  • イギリスの大使館を焼き討ち
  • 奇兵隊を結成
  • 4カ国(アメリカ・イギリス・フランス・オランダ) vs 長州藩の間で起きた下関戦争の講和を一任される
  • 長州藩内で僅か84人で2000人以上の長州軍相手にクーデターを成功させる(功山寺挙兵)
  • 第二次長州征伐に勝利

これらは高杉晋作が23歳~27歳のたった4年間(!)で行ったことである(その後27歳で病死)。

これだけを見ると「長州藩のために尽力した人」という印象だが、この間に脱藩を試みて牢屋に入れられたりもしており、実際には長州藩のためというよりももっと大きな視野で動いていたのかもしれない。

教科書などには「奇兵隊を作った人」として載っていることが多いと思うが、「奇兵隊」の何がすごかったかというと、身分に関係なく入隊できる武装集団だった、ということ。

江戸時代には「士農工商」という厳格な身分制度があり、それまで戦うのは武士にだけ許された仕事であり、それが常識となっていた。

「農工商」の人達は戦うことはおろか、武器を持つことも許されなかったのに、高杉晋作はそれをいとも簡単に覆してしまったのだ。

このような常識外れの行動は奇兵隊の件だけでなく、大国相手の講和で古事記を延々と講釈したり、超少数でのクーデターを起こしたりなど他の行動にも当てはまることである。

「おもしろき こともなき世を おもしろく」の下の句

高杉晋作のこの句は、辞世の句として知られ、下の句は病気のために詠めなかったとされている。
(最近の研究では辞世の句というのは否定されているらしい。)

しかし、実は下の句もちゃんと存在している。

おもしろき こともなき世を おもしろく

すみなしものは 心なりけり

意味としては、「面白くない世の中でも、心の持ちよう次第で面白くできる」ってところだろうか。

ただ、下の句は高杉晋作本人が詠んだものではなく、病気の彼を看病していた野村望東尼という女流歌人が詠んだとされている。

そのため、実際に高杉晋作が言いたかった真意がこういうことなのかどうかは不明である。

個人的には彼の生きざまや上の句から想像してみるに、下の句はマイルドすぎるような気がする。

だって、「心の持ちようで面白くなる」なんて考える人がクーデターなんて起こさないでしょ。

下の句は志半ばで病床に伏せた彼に対する、野村望東尼の慰めなのかもしれない。

上の句だけで考えれば「面白くもないこんな世の中は俺が面白くしてやるぜ~」的にも思えるし、むしろこちらの方が生きざまに合っているような気がする。

下の句を新たに作っちゃおう!

野村望東尼も勝手に下の句を作ってるのであれば、私が作っても何も問題あるまい!

ということで、下の句を新たに作ってみることにする。

ただ、これは高杉晋作の意を汲み取るのではなく、私の思っている事を付け足す形にする。

そのため、「高杉はこんなこと思ってないよ」というツッコミはナシで。

おもしろき こともなき世を おもしろく

願う若人 何処消えらむ

意味:「面白くない世の中を俺達で面白くしようぜ」って息まいてた若者が沢山いたはずなのに、いつの間にか何処にもいなくなってるのはどうしてだろう?

(文法合ってる?)

言いかえれば、若い時に「世の中を変えてやるぜ!」とか言ってる人も、社会人になったらいきなり「もう大人になれよ」とか言い出すよね、ってこと。

ちなみに私は言われる側である。

高杉晋作ももっと長生きしてたら丸くなってた可能性も…少しはあるかも?