嫌々働くサラリーマンは凄いのに報われない

無駄話

昨日「アンビリバボー」という番組で、片腕で野球をする青年を紹介していた。

ポジションはまさかのキャッチャー。

盗塁を阻止する時には、捕球したボールをちょこっと上に放り投げて、その間にキャッチャーミットを外し、ボールを掴み、送球する、という彼しかできないであろう神業を見せる。

その番組を見て母が「人より何倍も苦労してるんだろうねぇ」と言っていた。

確かにこの人が凄いのは誰の目にも明らかだ。

でもこの青年は本当に人より苦労したのか?というのが、ちょっと疑問だったりする。

なぜなら彼は野球が大好きで、誰かにやれと言われたことではないからだ。

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苦労とは何か?

「苦労」という意味を調べてみたところ、以下のような意味が載っていた。

物事がうまくいくように、精神的・肉体的に励むこと。逆境にあって、つらいめにあいながら努力すること。また、あれこれと苦しい思いをすること。労苦。 「親に-をかける」

https://www.weblio.jp/content/%E8%8B%A6%E5%8A%B4

この意味に沿って考えると、片手の野球青年は肉体的には相当苦労して、神業を会得している。

肉体的な苦労だけを考えると人一倍苦労していると言って間違いなさそうだ。

しかし、精神的な面ではどうだろうか?

私は自分の中に「野球がやりたい」というモチベーションがあるため、それほど辛くはなかった気がする。

誰かに野球を強制された訳でもなく、本当に嫌だったら辞めているはずだからだ。

つまり、肉体的には相当な苦労をしたのは間違いないが、精神的にはそんな肉体の苦労を忘れるほどに(楽しい)(野球がやりたい)という思いに溢れていたのだろうと思う。

嫌々働くサラリーマンの方が苦労してるのでは?

そう考えると、片手の野球少年よりも嫌々働いているサラリーマンの方が実は苦労しているんじゃないか、と思える。

(仕事面白くないし辞めたい、でも辞めたらお金が…)という人は多いと思う。

「嫌々サラリーマン」は、肉体的な苦労は片手の野球少年ほどでないにせよ、精神的な苦労が大きくのしかかっている。

肉体的な苦労+精神的な苦労なら、嫌々サラリーマンの苦労の方が大きいのではないだろうか。

それでも報われない悲しみ

しかし、嫌々サラリーマンが日の目を見ることはほぼない

仕事が社会の役に立っていたとしても、それで給料が爆上げする訳でもなく、ヒーローインタビューを受けるわけでもない。

むしろモチベーションが低いことで、怒られたりすることもある。

それでも頑張る嫌々サラリーマンの方々を私は本当に凄いと思う。

「苦労すれば良いことがある」は嘘

昔、誰かに「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と言われたことがあった。

私はその言葉を割と忠実に守っていて、できるだけ人のしたがらない仕事もするように心がけていた。

その結果、「何でもかんでも引き受けちゃダメ」と上司に怒られた。

そして、最終的には精神的に参ってドロップアウト。

若い頃に苦労しても、それが良い方にいくとは限らないのだ。

嫌々サラリーマンの中には、「こんな苦労しているんだから、いつか良いことがあるはず」と思っている方もいるかもしれない。

しかし、それは幻想のまま終わる可能性も充分考えられる。

頑張って働くサラリーマンには頭が下がる思いしかないが、苦労のキャパを超えそうなら「本当にこの苦労は意味があるのか?」考えてみるのもいいかもしれない。

私はひきこもりですが、それでも生きていけている。

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