「幸せになる勇気」アドラー心理学がわかりやすく解説された本

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アドラーという人物をご存知だろうか?

フロイトやユングと並び、初期の心理学の基礎を作り上げた人である。

私は大学で心理学を学んでいたので、アドラーという人物はもちろん知っていた。

しかし、大学ではフロイトやユングの言ったことは勉強しても、アドラーは名前がちらりと登場しただけで、ほとんど何を言ったのか、触れられなかった気がする(私が授業を聞いてなかった可能性もあるが…)。

そんな私の中で謎に包まれていたアドラー心理学を解説してくれているのが、「幸せになる勇気」という本。

アドラー心理学の本として「嫌われる勇気」が大ベストセラーになったが、本書はその二匹目のドジョウを取りに行く続編的な位置づけ。

今回は「幸せになる勇気」の気になる中身とレビューを書いてみたい。

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アドラーの印象的な教え

まずは「幸せになる勇気」の中に出てくる考え方の中で、特に私の心に残った教えを3つご紹介する。

無意識とか過去のトラウマなんてまがい物!

フロイトやユングが自分が知ることのできない「無意識」に注目する中、アドラーは「無意識なんか興味ないね!」と言い切っている。

アドラーにとって無意識に抱える過去のトラウマは、現在の自分が作り出した「都合の良い過去」だからである

例えば私は、過去仕事で精神的な病気になった、という経験があり、そのトラウマで「働きたくないでござる」と言っている。

しかし、これをアドラーは「働きたくないから、仕事や病気をトラウマと思うようにしている」と解釈するのだ。

つまり、過去の悪い出来事を自分の言い訳にするため都合よく作り替え、人は「できない」「やらない」と言うのだそう。

そんなまがい物の過去や原因にとらわれるな、とアドラーは言う。

いきなり耳が痛い…。

心理学の教科書でアドラー心理学が詳しく解説されていない理由も、まさにここにある。

アドラーは心を分析する心理学者というよりも、これからの生き方を考える哲学者だからだ。

実際に本書ではほとんどの場面で、「アドラーの“哲学”」と書かれいたりする。

コントロールできないものは無視しろ!

アドラーは「課題の分離」という言葉を使い、「自分の課題と他人の課題は分けるべき」と言う。

例えば、私はブログを書いているが、これは間違いなく自分の課題だ。

そして私のもう1つの日課はアナリティクス(アクセス解析)のチェックである。

この記事をどれだけの人が読んでくれているか気になるからだ。

しかし、記事を読むためにブログに来るかどうかは他人が決めること=他人の課題だから気にするな!とアドラーはきっぱり言う。

自分がコントロールできないことは考えず、自分ができることに集中しろ!ということである。

私の耳よ、早くもげてくれ…!

ただ、アドラーの考えの中では、これは比較的受け入れやすい内容でもある。

他のビジネス書にも書かれていそう。

承認欲求は害悪のもと!

個人的に一番強烈だと思ったのがコレ。

人間には誰かに認めてもらいたいという承認欲求がある。

上の「ブログのアクセスを気にする」というのや、SNSでいいねをもらいたいというのも、承認欲求の現れと言えるだろう。

しかし、アドラーは「承認欲求は百害あって一利なし」と言う。

本書の中ではその理由もいくつか書かれている。

  • 全ての行動が承認されるのが目的となり、他人に依存する
  • 頑張って承認されなかった時に悪い行動に出てしまうことがある(悪目立ち、ひきこもり、など)
  • 承認の多さによって人の間で格差が生まれる

1つ目は他人に受けるための行動ばかりをして、「自分が無くなる」というやつ。

自分の言いたいことと言うより、バズるとかお金が儲かるみたいなことを優先してしまう人は多いと思うが、「これでは自分の人生を歩んでいるとは言えない」とアドラーは言う。

これは2つ目の理由にも繋がることでもある。

もし、バズる目的で頑張って書いた文章が結果に繋がらなかった場合、人はどうなるだろうか?

アドラーは様々な問題行動に走ろうとすると言う。

例えば犯罪に含まれるような問題行動を起こして悪目立ちしようとする。

これは実際にYoutuberで時々いてニュースになったりしている。

他に、承認をもらえないことで人を憎み、仕返しの手段としてひきこもりに走ったりすることもあるらしい。

私のひきこもりは復讐だったのか…!?

更に3つ目の理由として、アドラーは格差の元になることも指摘している。

これも現代ではSNSでバズる人、アタリもカスリもしない人、明確に分かれているので分かりやすいだろう。

お金の過多、権力の有無、も同じ。

SNSで有名な人、お金持ちな人、強い権力を持つ人に、何となく憧れを抱くことはないだろうか?

私はどれも持たない人間ですが、どう思うだろうか?

もし、あなたが私を「ふっ、戦闘力5か、ゴミめ」と感じたとすれば、それは他人の承認が全てだと思っている証拠。

このように同じ人間同士の格差を生んでしまう承認をアドラーは否定しているのだ。

アドラーが考える幸せとは?

ここまで書いた通り、承認欲求を追及しても、幸福にならないと考えているアドラー。

ではアドラーが考える幸せとは一体なんだろうか?

それはずばり、他人に貢献すること

お金や権力、承認といった見返りを一切求めず、他人に貢献することが最も幸福なことだと言う。

(厳密に言えば、見返りを期待するのは課題の分離に反するから、考えないということだ。)

ただ、他人に貢献し続けるのって大変。

しかも人間の欲望は限りがないため、貢献が快楽だと分かると、承認やお金と同じように「次はもっと大きな貢献をしなきゃ」と思うようになっていく。

幸せになる自立した人間とは?

そこで「幸せになる勇気」の最後で書かれているのは、「誰かを愛して家庭を築き、主語を“私”から“私たち”にしよう」と言っている。

要するに結婚して家庭を築けば良いということである。

結婚することで自分主体の生活を脱却でき、愛する人と2人で1つの共同体となり、「存在するだけ」でお互いに貢献し続けられる関係になるのだそう

これこそが「真の意味での自立だ」とアドラーは言っている。

要するに、結婚して家庭を持ち、お互いを尊重して共同体という意識を持てば、幸せになれるよってことらしい。

表面を見ると、ひきこもりに厳しいが…

ここまで私なりに解釈した本の中身を紹介してきた(もしかしたら、解釈が間違っている部分もあるかもしれないが)。

ここからは私の感想文だ。

まず、ここまで書いてきた内容を見ても、かなりひきこもりには厳しい本に思える。

上の文章は私自身の生活と結びつけて例えで書いた部分もあるが、本書の中にも「ひきこもり」という単語が悪い例えで出てくる。

完全に論破された気分になって、途中で(読むのしんどいな…)と思う部分もあった。

ただ、この本の真のメッセージとは、「人間に上下の違いなどなく、誰もが他人の目や過去にとらわれず、今の自分の生きたいように生きるべきだ」というもの

実はひきこもりにとっても、前に進む勇気をもらえるメッセージなのだ。

最後のオチというか、結論となっている「幸せになりたいなら結婚せよ」は個人的に正直微妙な気がしてしまったが、これは私が結婚していないせいかもしれない。

そもそも私自身にあまり結婚したいという気もないので、ノーコメントで。

ひきこもりだけでなく、現在生きている人々にはどこかしら耳の痛い部分がある本だが、 アドラーの考え方 は「自分は自分、他人は他人」を極端なまでに貫いている。

アドラーを知らない人にとっては新しい価値観を提供してもらえる1冊だろう。

本書は全文がとある教師とアドラー学者の会話形式になっており、読みやすいため、アドラー入門用にオススメ。

ちなみに私は1冊目の「嫌われる勇気」を読んでいないが、本書では「嫌われる勇気」の振り返りもしてくれるため、これ1冊で前作の内容もある程度補完していると思う。

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