「日本神話はいかに描かれてきたか」神々を自由に描けるという贅沢

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昨日は旧約聖書の本を紹介したが、日本の神話もついでに…ということで、「日本神話はいかに描かれてきたか」という本を読んでみた。

「古事記」は小学生くらいの頃に児童向け図書で読んだことがあるが、内容はかなりおぼろげな記憶しかない。

今回の本はそんな記憶を呼び起こす解説本とした借りたつもりだったが、本の内容は思っていたものとはちょっと違っていたのだった(私はほとんど中身を見ずに借りてしまうクセがある)。

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神話に登場する神々の描かれ方

日本の成り立ちや天皇の登場などを書いた「古事記」「日本書紀」(2冊合わせて「記紀」と言う)には、現在も神社で祀られている数多くの神々の名前が登場する。

「日本神話はいかに描かれてきたか」はそんな神々を描いた絵に注目した本である。

江戸時代以降、記紀に登場するシーンや神々の姿が絵葉書や引札(江戸時代~大正辺りの広告チラシのこと)、挿絵などで数多く描かれてきた。

しかし、これらの絵を注意深く見てみると、記紀の記述になかったり、矛盾する絵も多い。

なぜ、こんな絵になったのかを考察するのが、本書の主題だ。

本の中で取り扱われているのは以下の6つのテーマである(テーマ名は私が勝手に改変している)。

  • イザナキとイザナミ、そしてセキレイの絵
  • スサノオとヤマタノオロチの決闘シーン
  • 因幡のウサギの“ワニ”とは何か
  • サルタヒコとアメノウズミの関係性
  • 神武天皇の神格化と髪型
  • 神功皇后と韓国併合、そして安産祈願

今回はこの中からイザナキとイザナミのお話をざっくり紹介。

イザナキとイザナミ、そしてセキレイの絵

日本を作った2人の神、イザナキノミコトとイザナミノミコト。

2人は日本列島を作る前に天の沼矛で海をかき混ぜて、オノゴロ島という小さな島を作る。

この島に降り立ち、人間の子作りと同じ要領で日本の島々を産んでいく。

しかし、当初この2人の神は子作りの仕方を知らなかった。

そこで飛んできたセキレイ(鳥)が交尾している姿を見て、それを真似したのだという。

これが記紀に書かれた日本列島創世の話。

一方、イザナキとイザナミの絵は、天から海をかき混ぜたり、出来たオノゴロ島を見下ろすシーンが多く描かれる。

しかし、そこにはまだいないはずのセキレイもほぼ決まって登場していたりする。

筆者はわざわざセキレイを描く理由を、神前結婚式と結びつけて考えている。

神前結婚式は大正天皇が初めて行ったことで広まった式形態だが、大正天皇の婚姻ではアマテラスを祀ったのに対し、庶民の結婚式ではイザナキ・イザナミの2柱を祀る。

つまりこの2柱は夫婦の象徴でもあるのだ。

イザナキ・イザナミと言えば天の沼矛のシーンが象徴的だが、このシーンだけでは夫婦っぽさが無い。

そこで登場するのが子作りを教えたとされるセキレイだ。

セキレイは、イザナキとイザナミがこの後に夫婦となることを示す、なくてはならない存在なのである。

神々は現在どのような形に描かれているか?

本の中に登場する絵は、江戸から昭和にかけての絵葉書・引札・挿絵を中心にかなり貴重そうな絵が多数収録されている。

中でも注目なのは明治以降~終戦までの作品だ。

この時代の神々の絵は、天皇を中心とした中央集権を作る国の方針により、記紀を利用し、天皇の神格化を図った時代だったからである。

この時代には天皇の先祖とも言えるアマテラス大神をはじめとする神々を無下に扱うことは許されておらず、更に記紀の内容は真実の歴史として教えられていた。

記紀を真実とすることに異を唱える学者が刑罰を受ける事件もあったという。

当時の日本人にとって「古事記」や「日本書紀」は、中世ヨーロッパの聖書に近い存在だったのだ。

しかし、終戦によってそんな時代は終わりを告げた。

平成以降、日本の八百万の神は、旧約聖書に登場する天使や悪魔などと同じように、様々な娯楽作品に登場するようになってきている。

漫画やゲームの中で、「アマテラス」「ツクヨミ」などの単語を聞くことも多いだろう。

しかし、これは数十年前にはあり得なかったこと。

個人が神々を気軽に扱い、解釈し、遊べることは、今だからできる贅沢なのだ。

…というような事が実感できる「日本神話はいかに描かれてきたか」だが、正直少し難しめでマニアックな本であることは否めない。

「古事記」「日本書紀」の内容を知りたい人にはあまり向かない。

むしろ神話を通して日本の近・現代史を知るための本だと言えるだろう。

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