ひきこもり本人は「甘え論」を考えない方がいい!

ひきこもり

「ひきこもりブログ」というコンセプトで始まった当ブログ。

やはり、ひきこもりが抱える問題にも斬り込みたい。

そこで第1回目のネタは「ひきこもりは甘え」と言われることについて書いてみようと思う。

2000年頃、ひきこもりが社会問題となって以来、ネットやテレビ、世間では「ひきこもりはただの甘え・怠けだ」と言われ続けてきた。

社会に出ていれば誰でも辛いことはある。

皆辛い思いをしながら我慢しているのに「ひきこもりだけが家に籠もって仕事(勉強)しないなんて甘え(怠け)だろ」という言い分だ。

これをひきこもりはどう受け止めるべきだろうか?

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「甘え論」に圧し潰されるひきこもり

この「ひきこもり=甘え」という考えは、実は誰よりも本人が一番感じていることかもしれない。

なぜなら、歩けないなど身体的な障害がある訳ではないからだ。

玄関に行って靴を履き、ドアを開けて、数歩歩けばそこはもう外。

簡単3STEPのミッションである。

しかも家の中ではネットをしたり、ゲームをしたり、本を読んだり、好きなことをするのは全然苦にならない。

そのため自分でも「こんなに元気なのに外に出ないのは心が甘えているせい」と考えるのだ。

しかし、自分の中にある「甘えているのかも…」といううしろめたさを抱えていても、全く良い方向にはいかない。

外に出れない自分を責め続けることになるからだ。

自分で自分のメンタルをどんどん削り、ますますひきこもりを悪化させる原因になってしまうだけである。

諦めることも大事

現在の私はひきこもりと言いつつも、外に出ようと思えば自由に出られるレベルになっている。

しかし、一時はどうしても外に出るのが怖くてしょうがなかった時期があった。

「何で外にも出られないんだよ!」と自分にイラつき、恥ずかしながらボロボロと謎の涙を流していたこともある。

この時私はまさに「甘えているから外に出られない」「甘えを消さなければ!」と思っており、根性で実際に無理やり外出することもあった。

でも繰り返すうちにどんどん疲れが溜まり、外に出ることへの恐怖・トラウマは強まる一方。

普通の人には信じられないかもしれないが、徒歩1分のコンビニに行くまでに30分ほど家で気合いを入れなければならないほどだった。

「甘えているから外に出られない」 これは裏を返せば、甘えてなければ難なく外に出られるということ。

でも現実的には全然そんなことなかった。

そこで私は自分を過信することを諦め、家から出られない自分を認めることにした。

電話がかかってきた友人などにも「家から出られないんだ、ハハ…」とカミングアウト。

友人は戸惑っていましたが、優しい言葉をかけてくれた。

これで気分が楽になった私は、その後少しずつ外出することへの恐怖心が消え、今では以前ほど苦労せずに外出できるようになったのだ。

原因の追究よりも気持ちを楽にする方法を考えてみて

ひきこもりの根底には、一般的に言われるように甘えがあるのかもしれない。

支援者からは「甘えじゃない」と言われることもあるが、ひねくれた当事者は「それってポジショントークですか?」みたいな穿った見方をする人もいるだろう。

しかし、少なくとも自分自身で「甘えてるからじゃないか?」とひきこもりの原因を追い求めても、精神的に辛くなるばかり

それよりも、開き直って「ひきこもりですが何か?」と言える方が、精神的に大分楽になるはずだ。

自分を信じることも大事、でもできないことを一旦諦めることもまた大事だと思う。

諦める方法として一番良いのは、信頼できる誰かに自分のありのままの状況を話すこと。

この時話すのは誰でもいいですが、根性論で説教するような人だけはダメ。

頭ごなしに否定せず、話をちゃんと聞いてくれそうな人を選ぼう。

また誰にも話すことができなければ、ブログやSNSで書くのもアリだ。

このカミングアウトはひきこもりの辛さを軽減するだけでなく、ひきこもりの改善にも役立つ。

なぜなら「何もしていない姿を誰かに見られるのが恥ずかしい」という気持ちが、ひきこもりの根底にあることも多いからだ。

自分で秘密をさらけ出してしまえば、守る秘密はなくなり、ひきこもる必要性が薄くなる。

もちろん、これには大きな抵抗があるだろう。

でも、一度勇気を出して誰かに話してしまえば、驚くほどアッサリ聞き入れてくれることに気づくはず。

今やひきこもりは特別な存在でもなんでもないのだ。

やりやすい方法で、「ダメな自分」をカミングアウトしてみよう。

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